ガッ、ガッ、ガッ。バキバキッ。
どこか離れたところから物を壊す音が響いている。
カタリナは音がする方角へ、辺りを警戒しながら近づいていった。
「――ほんと誰もいねえんだなあ」
「そりゃ呪われた町だから閉鎖されたんだろ」
「つか、マジで大丈夫なのかよ? 呪われんのはご免だぜ」
「何日も留まらなきゃ平気だろ。それよりこっちはハズレだ。そっちは?」
「こっちも何もねえよ」
「例の爺さんの家ってどこだよ? どこも似たような家ばっかだぜ」
男の声は三人。国の調査団ではなさそうだ。
カタリナは気配のする家から、道を挟んだ向かい側の家の物影に身を潜めた。
「そもそも、その爺さん本当にここの生き残りなのか? オマエ騙されたんじゃねえの」
「そこの娘がな、飲み屋でちょっと煽ててやったらベラベラ喋ってくれた。爺さんは昔、着の身着のままハローブから逃げてきて財産を全部置いてきたんだと」
「ハハハッ。それ真に受けたんかよ」
「娘を人質にとったら爺さんが財産の在り処を吐いてな。とりあえず家にあった三百万ももらってきたし、ここがハズレでも次の町には行けるだろ」
「俺らがここ来てるうちに爺さんが誰かに助けを求めてたらどうすんだ?」
「もう庭に埋めてきたさ、二人とも」
男たちの会話に、カタリナの心臓は大きな音を立てて忙しなく動く。
この男たちはハローブの元住人かどうかも怪しい人物の話を真に受けて、財産を奪いに来た廃墟泥棒らしい。しかも殺人を匂わせるような会話に背筋が凍りついた。
この男たちがどこまでこの町を荒らすか、いつまで居座るのか分からない。貴重な食料だって奪われるかもしれない。
エイジを置いてきた家からここは離れているが、このままでは見つかる可能性もある。
カタリナは拳をぐっと握り、静かに男たちの方へ近づいていく。
「カタ、リナ」
後ろからかけられた声にカタリナの肩が小さく跳ねた。
振り返れば置いてきたはずのエイジがいる。
「あの人たちは誰……?」
どうして追いかけてきたの! と叱る余裕はない。見つかったらエイジが危険に晒される。
口に人差し指を当ててカタリナは声を落とすよう合図した。
「……廃墟泥棒よ。男が三人もいる。一旦離れよう」
黙ってうなずいたエイジの手を握ると、カタリナは踵を返しエイジもそれに続いた。
男たちが物色する物音に合わせて足音を立てないように離れていく。通ってきた路地を戻り、男たちのいる場所から少しずつ離れて緊張が緩んできた時だった。
「――女?」
突然、路地を塞ぐように大きな人影が立った。目の前に大きな男が立ち塞がってカタリナは戦慄する。
他にもまだ、いた。
男は面白いものでも見つけたかのように目を見開き、クッと口角を上げた。
「おーい! 女がいるぞ!!」
仲間を呼ばれた。
カタリナの意識は瞬時にエイジの方へ向かう。
「さっきの庭へ戻って!」
「嫌だっ」
エイジはカタリナの手を離すまいと握る手に力が入った。
突き放してもエイジが逃げないと悟ったカタリナは血の気が引く。
「ふーん? もしかして、姉弟で金目のものでも漁りに来たか?」
男はすぐさまカタリナの腕をつかんで自分の元へ引き寄せようと引っ張り、エイジはそれを阻止するようにカタリナの腕にしがみついた。
「金に困ってんなら仕事をやろうか。姉ちゃんなら結構稼げるぜ?」
「触るな!」
エイジが男の腕に爪を立ててカタリナから離そうとする。舌打ちをした男はその腕を払い、一突きでエイジを壁に叩きつけた。
「ぐふ……っ」
「ただでさえイライラしてんのに、殺すぞてめえ!」
苦痛に顔を歪めるエイジを見たカタリナは全身の血が滾り、形振り構わず男の服をつかむ。男が足を上げてエイジの腹にそれを落とそうとした瞬間、動きを止めた。
「……おい。女ってどこだよ?」
仲間に呼ばれた男たち三人が路地の方へ集まってきた。
三人は更に路地の奥へ進み、仲間を探す。するとその先で男が地面に倒れているのを目にし、三人は間の抜けた声を漏らした。
「は……?」
「どう、なってる?」
「……あの服、あいつだよな……?」
一人の仲間が男の服を確認するため近寄る。服装から判別すると仲間の男だが、老人の姿で既に死んでいた。
奇妙な状況に驚いて遺体から離れたが、その男も突然干からびるように体が萎びていき、その場に倒れた。
「お……おい!?」
「待て、近づくなっ!」
倒れた男も同じように老人の遺体となっていた。
「ひ……っ、マジで呪われてんじゃねえか!」
「す、すぐにここ出るぞ……!」
残った男二人は悲鳴を上げながらその場を走り去った。
その物音や気配がなくなるまで、民家の物陰に身を潜めていたカタリナは静かに待った。青ざめるエイジの手を握りながら。
気配が消えて、カタリナは辺りの様子を窺った。男たちはもうこの町から出て行くだろう。犯罪者紛いの男たちが、この町であったことを他の人間に漏らす可能性はそう高くないはず。
カタリナはエイジに視線を移した。エイジは何も言わず、呆然とした様子でカタリナを見つめている。きっと大きな衝撃を受けているだろう。二人、殺してしまったのだ。エイジの目の前で。
これしか方法はなかっただろうか。でもエイジを守るにはああするしかなかった。
そうして自身を正当化し、カタリナは己を奮い立たせた。
「……ハローブが閉鎖されることになったのは、私のせいなの」
エイジは瞠目し、瞬きもせずカタリナを見つめる。
「私が、町の人をたくさん殺してしまったから。……今みたいにね」
カタリナの口から想像もできなかった言葉が飛び出して、エイジは信じられないという顔つきになる。
しかしエイジは目の前で人が老人になるのを見た。カタリナが何かしたと分かるほど、男はあっという間に死んだ。
「私には人の命――寿命を奪う力があるみたいでね。年を取らないの」
曖昧な話し方をするカタリナにエイジは眉を寄せる。
「……みたい、って……?」
ずっと表情を変えなかったカタリナは僅かに眉尻を下げた。
「エイジは無意識に汚れた水を浄化できたでしょう? 私も初めは魔法を使ったことへの自覚がなかった」
初めて魔法が発現した時、カタリナは十八歳だった。