日の出と共に目覚め、日の入りと共に眠る。
そんな生活を繰り返しているため、窓の外が明るくなってくると目が覚める。
カタリナが体を起こすと、その気配に気づいたエイジも目を覚まし、目を擦りながら体を起こした。
「おはようエイジ」
「……おはよう」
「眠れた?」
エイジはこくんと首を縦に振る。
「私のこと覚えてる?」
「……カタリナさん」
寝ぼけているかと思ったが、エイジはしっかり答えた。
「うん、カタリナでいいよ。ここにある服から適当に選んで着替えてね」
カタリナも自室に戻って着替え、居室を軽く掃除しているとエイジも着替えて部屋から出てきた。
居室は家族が集まる場所。家族がいた頃は食事もここでしていた。
昨日集めておいた保存食からエイジに食べたい物を選ばせる。腹が膨れれば何でもいいというエイジに穀物、肉か豆、野菜をそれぞれ一つずつ選ぶよう教えると、こんなに食べていいのかと驚くようにエイジの目が輝いた。
エイジの食事が終われば二人でまた必要な水を汲みに井戸まで出かけた。
「エイジ、ご飯の量は足りた?」
「……うん」
「服のサイズは大丈夫?」
「少し大きい……」
「すぐぴったりになるよ」
最初は聞かれたことにしか答えなかったエイジだったが、少しずつ話すようになってきた。
「ごはん、おいしかった」
「良かった。じゃあ、水汲みが終わったら他の所も食料探しに行こう」
井戸に着いて二人で水汲みをしていく。
エイジは時折カタリナを一瞥しては黙々と水を汲む。
無人の町ということしか教えていないから、聞きたいことがたくさんあるのだろう。
するとエイジはおずおずと口を開く。
「あの……カタリナ」
「うん?」
「……ありがとう」
とてもか細いエイジの声。
先が分からない不安はあるが、保護してもらったことに対する礼。ずっとそれを言いたかったようだ。
カタリナは笑みを浮かべてエイジの頭を撫でると、エイジは面映ゆい顔をした。
「ぼく、ここにいていいの……?」
ためらいがちに尋ねたエイジに、カタリナはうなずく。
昨日エイジの体を拭いた時、いくつか痣を見つけた。
打撲の痕が古いものから最近のものまであり、家か仕事場で折檻されてきたのか、日常的に暴力を受けてきたことが窺えた。
たとえ親元に帰ることができたとしても、また食事を与えられずいつ命を落とすか分からないような環境。そんなところにエイジを帰そうとは思えなかった。
「いていいよ。ただ、ずっとは無理かな」
自分の希望が長く続くものではないと悟ったエイジの目に落胆の色が浮かぶ。
「この町に人がいないことは昨日話したよね。こんな町だから行商隊が来ることもないし、食料はいずれなくなる。だからそれまでに他の街へ移る準備をしないといけない」
エイジは唇を結び、膝まである長いシャツをぎゅっと握る。
「しばらくここにいていいから少しずつ準備しよう。私は一緒に行けないから、勉強をして生きていく知恵も身につけるの。エイジは計算とかできる?」
「少し……」
「書店もあるから、食料探しのついでに本も取りに行こう」
「……うん」
生きる術もない子供をここから送り出さなければならない。果たしてそれがうまくいくのか分からないが、カタリナは可能な限りエイジを支援することにした。
エイジは不安そうな目でカタリナを見る。
「カタリナは……どうしてここにいるの?」
何故人のいない町に住んでいるのか。聞いてはいけないことを聞くように、エイジは躊躇いながら尋ねた。
「私は、ここにいなきゃいけない理由があるの。その話はまたいずれ、ね。とりあえず家まで水を運ぼうか」
そこで会話を終わらせたカタリナにそれ以上聞くことができなかったエイジは、うなずいて水の入ったバケツを持ち上げた。
数回往復して水汲みを終えると今度は食料探しに出る。
二人で泥棒さながら近所の家を物色し、エイジが興味を示したものは全て持ってきた。
それから少し足を伸ばして市場があった場所に来た。
ここには昔、色んな店が出ていた。狭い通路に所狭しと並ぶ野菜や惣菜、特産品の織物などが山ほど売られ、いつもたくさんの人で賑わっていた。
今は閉ざされた店が並び、崩れた壁に瓦礫が転がる廃墟となっている。
カタリナはエイジを奥にある書店へ連れて行った。
格子状の木の柵を外して中へ入る。鍵はかけられていなかった。
店内の本棚には半分ほど本が残っており、埃を被っている。価値のある本はもう残っていないのだろう。
「ここから興味のある本を取っておいで。読めない字があれば読んであげる」
「どれでもいいの……?」
「うん。どれでも運べるだけ」
エイジの瞳がぱっと輝き、並んでいる本を端から順に、食い入るように見ていく。学校に行けなくなってから、ずっと勉強がしたかったのだろう。
数学の基礎やカルネア国の歴史本、植物辞典、生活魔法の基礎・初心者講座に児童が読む物語などを積み上げ、エイジは両手に抱えてきた。
「ふふふ。欲張ったね」
「だいじょうぶ、自分で持って帰る……っ」
麻袋に食材を入れて抱えるカタリナと自宅までしばらく歩いていたエイジだったが、途中からエイジの腕がプルプル震え始めた。
ラクダやロバがいれば楽に運べるけれど、ここには生き物もいない。カタリナがしばらく様子を窺って見ていても、エイジは黙ったまま重い本を運び続ける。
大人に頼ることを知らないのか、自分で言ったことを貫く意志の強さなのか、ただ頑固なだけなのか。エイジは全く甘えを見せなかった。
自宅まであと半分の道のりまで来て、カタリナは声をかける。
「エイジ、ちょっと休憩しよ」
エイジはほっとした様子でうなずいた。
時間もそろそろ昼だ。
建物の影に入ってエイジに食事をさせ、カタリナはその間にエイジが運んでいた本を一冊残して、他を全て麻袋に詰めた。
「……カタリナは食べないの?」
「うん、私はお腹空いてないから。エイジはしっかり食べてね。でないと大きくなれないよ」
「もう食べ終わったよ。ごちそうさまでした」
ゴミを片づけて地面に置いていた本を抱えようとしたエイジは、本が減っていることに気づき、カタリナの方を見た。そしてカタリナの持つ膨らんだ麻袋に目をやる。
「あ……」
「さ、帰ろう」
エイジは開きかけた口を閉じると、先を歩くカタリナを急いで追いかけた。